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寝る

つねに眠い

安易に躁!インスタントに鬱!

父の告別式が終わり、とりあえずの一段落がついたところで一度東京に戻ってきた。

明日はこれからどうするか、一週間ぶりに店に行って店長と話し合い。

私はもう仕事を辞めて、地元に帰る気持ちでいっぱいなのだけれど、前向きな感情からの転職でなく、父を失った母と祖母を支えるために仕事を辞めて帰らねばならぬ、というどちらかというと後ろ向きな使命感的な何か、が辞職の理由なので心がしんどい。

まだ25なのに、自分の人生なのに、という気持ちと、いやでも悲しい寂しい状態の母と祖母が私と一緒にご飯を食べるだけでほっとしている感じというか、そういうんがじりじり伝わってきて、そんなに伝わってくると無視できないむしろ助けてあげたいなんて気持ちになるのが娘ってもんで、でも私きっといつか母と祖母のことを「あのときのせいで私の人生が狂った」って恨んじゃうんじゃないかっていう怖さがあって、あーもう何もわかりませんわ。っていう、ぐるぐる。

しんどい。

 

 

ちょっと前まではネット上にこんな自分の気持ちを書くのが怖かった。

誰が見ているかわからないこんな場所で、愚痴や本当の気持ちををこぼすと足元をすくわれる気がしていた。

別にまわりの人間を信用していないわけではなくて、ネット上の私と現実の私を単純なイコールでつなげてほしくなかった。

愚痴にしたってなんだって、誰が見ているかわからない、と思えば思うほど、どこか格好つけてしまう。文章は特に。

本当に感じた気持ちの何十倍も格好良い言葉で書いてしまってちょっと違う意味になってしまったものや、逆に現実世界ではびっくりするくらい下品でストレートに言い過ぎてみて、そのギャップで笑いを誘ってみているものが私のネット上の文章にはたくさんある。

ネット上ではない世界のことを「現実世界」と呼ぶあたりでもうわかるかもしれないけれど、私にとって「ネット上」と「現実世界」は別のステージで、

インターネットに初めて触れたころに仕入れた「ネットに個人情報をのせてしまっては危険」という知識が今も私の中の基本ルールにあるからかもしれない。

小学生のときネットの掲示板で会話してた友達は、もちろん顔も本名も住んでるところも知らないし、パソコンの電源を切ったらもうおしゃべりなんてできなかった。

でも、今の時代は現実世界の延長線上にインターネットがあって、本名でツイッターをやっている人がガンガンいるし、自撮りだってどんどんアップロードするし、パソコンを切っても人間関係はくっついてくる。

むしろずっと残っているから、数週間前にぽそぽそとネットに書いて自分じゃ忘れてることを現実世界で「あれ私のこと?」なんて言われたりする。

前述した通り、私はどうでもいい物事も格好つけて書いてたりするから、ネットに文章を書いたのは現実世界の私だけれど、完全に重ねないでみたいな…それはネトゲ上でおにぎりを食べても現実ではお腹膨れないでしょう?だから別、みたいな…待って余計ややこしくなったかな、まあなんかそういうんがあった。

だから、誤解されて受け取られるのが怖くて、ネットにはぽやっとしたことしか書けなくなっていたけれど、父が死んでこう思った、こういうのが大変だった、というのが現実世界で人に話しにくくて、でも文章にして心の外に出してあげないとあまりに苦しくて、オフライン上に文章を貯めていた。

のだけれど、なんかこういう負の感情?って私しか知らないところに捨てちゃおうとしててもどんどん積み上がってくもので、この気持ち誰かに聞いて欲しいという気持ちがどんどん大きくなっていくので、ブログに書くことにした。

 

今の時代、こういう気持ちはわがままなのかもしれないけどねーーー。なら完全にオフラインの知り合いがいないアカウントを作ってそこで人間関係構築してけよ、って感じだし。

でも、多少はこう思っている私が…いるの…みたいな…。ほら、こう思っちゃう私って高貴でしょ…みたいなね…あるから…まだ中二病抜けきれてないから頭良く思われたい願望がありまして…あの頭悪い人特有のあれがね…うん…。えへへ…。

 

 

昨日、一週間ぶりに会った恋人にくっついて寝てみたけど、なんか寂しくて泣いてしまった(恋人は熟睡していた)。

「こんなに近くに居るのに!!!!実家に居て会いたいのに会えなかった時とは違うのに!!!!!好き合ってる自信があるのに!!!!!なんでなんだ!!!!なんでこんな悲しいんだ!!!!!!!」って思って泣きながら考えてみたら、父が亡くなったことによって、漠然と続く気がしてたこのぬるま湯とも取れる心地良い状態が続かないんだー!って痛感したからかなあ、という結論に達した。

あと、伴侶を亡くした母を見て、自分の未来を考えてしまったのだと思う。

父が亡くなって、私が一番かわいそうと思ってしまったのは母で、好きな人に先に死なれたらどれだけ辛いんだろう夜が寂しいんだろうって思ったら、自分に重ねて想像してしまって、苦しくなった。

だから「父はアルコール依存症寸前なんじゃないかってくらいお酒を飲んでいた」って聞いたとき、これで母が苦しむ要素が少なくなるんじゃないかって思って少し楽になった。

神や国?法律?に一生愛するって誓っても、死別っていう、もう一生話せません触れられません匂いも嗅げませんっていうクソ仕様が存在するってことを両親で知っちゃったせいで、恋人に「好き」と言ったときに感じてた安心感をしばらくは得られないかもしれないなあと思った。

一生好きって誓った人のことを一生好きでも、一生好きって伝えられないことがある事実が怖い。

 

中学生のときに大好きな友達が先に死んじゃったらどうしようと考えて辛くて散々泣いてたのを思い出した。

そのときはいつも最終的に「いやいやそんなんすぐ先に起こる話じゃないし。ものすごい未来のことを考えるくらいだったら明日の予習でもしよう」と自分を励まして泣き止んでいた気がするけれど、父は急に亡くなった。

死はものすごい未来のことじゃない、と知ってるフリして知らなかったことを知ってしまったので、いま結構夜が怖い。

 

ここまで布団のなかで考えてヤバイ!鬱になる!と思ったので筋トレ方法を大量に調べて、今日の昼にちょこっとだけ腹筋した。

腹筋が割れる頃には筋肉は全てを救うと思えているか、悟れているといいな…。

 

 

 

全部どっかで聞いたことある話みたいで、もし過去の私がこのブログの記事を読んだら「Jpopの歌詞をなぞった女々しい詰まんないブログだな〜」って思うと思う。

でも、全部思ったんだよ。これも、使い古されたJpopの歌詞みたいだけど。

 

疲れたので寝る。おやすみ。